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Ben's diary

管理人 Benの気になったこと等について書いています。



真田丸 第21話「戦端」感想 ネタバレ 子供の捨は秀吉の実子ではない?

真田丸がかなり面白い。

 

さてさて、秀吉と茶々の間に捨が産まれた。

 

これについていろいろ調べてみると意外な事実が。

 

結論から言うと、かなり高い確率で、捨は秀吉の子ではないとのこと。

 

秀吉は、一生でかなりの数の女性と関係を持っているが、茶々以外との間には子が産まれていないという。すぐ亡くなってしまったが、他にもいたという説もあるらしいが、いずれにしろ関係を持った人数からするとほとんど子がいない。

 

一方、秀吉とは子を持てなかった女性も、他の武将との間には子を産んでいたりする。

 

ここから導かれる答えは。

秀吉は種無しだったのではないかということ。

 

これはかなり有力らしい。

 

 

っでは、茶々はどうやって子を授かったのか。

 

それは、参籠(さんろう)という可能性が高いらしい

 

参籠(さんろう)とは、

祈願のため、神社や寺院などに、ある期間こもること。おこもり。

<コトバンクより>

kotobank.jp

 

ん?どういうこと?

っと思ったので、さらに調べてみると。

 

今も昔も、子を授かりたくてもなかなか授かれないといことはたくさんあった。

そしてそれが男性側に原因がある場合もある。ということは分かっていたそう。

 

そういった場合は、神社や寺院にこもって、一定期間こもるわけです。

 

どういうことかと言うと、

この期間は、宗教的な雰囲気が作られ複数の男女が関係を一度にもったそう。

 

これは子が産まれた場合、誰の子か特定できないというメリットがある。

つまり、みごもったら秀吉の子と言ってしまえばいいわけである。

 

秀吉が50歳を超えて急に子ができるとはやはり考えにくいので、

おそらくこういった経緯で子を授かったと考えるのが一番納得いくということらしい。

 

ネタバレになるが、この後、茶々はもう1人子を授かる。

秀頼である。

 

この時もおそらく、参籠。

しかし、この参籠は秀吉は認めていなく、いろいろ激怒したらしい。

 

何やら、この時代、通常は自分の乳で子を育てるということは無かったらしいが、

秀頼を身ごもったことに関しては、茶々に呆れ、自分の乳で育てるように。という手紙を書いたらしい。

 

それは、この先の話なので、真田丸でもそういった内容が出てくるのか楽しみである。

来週も楽しみに見たいと思う。

 

戦国時代が面白いので、こんなの買ってしまった。

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めちゃおもしろいですわ。

 

歴史人 6月号

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benjournal.hatenablog.com

 

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