ゴミのポイ捨ては大問題。特にタバコなんて環境にも悪いし法律で罰せられないのか。
廃棄物の処理及び清掃に関する法律第25条の違反
「5年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金」!!
とのこと。
でも実際、タバコのポイ捨てだったり、花火大会とかのイベントの後とかのゴミの残骸とかなくならないですね。
本気で取り締ろうと思えば取り締まれるんだろうけど・・・。
それとプラスして、やはり捨てる側の意識改革もしなければならないと思う。
なぜゴミをポイ捨てしてはいけないのか?子供への伝え方はどうしたら良い?
ひょんなことから友人とこんな会話になった。
なぜゴミをポイ捨てしてはいけないのか?
うむ。ゴミはポイ捨てしてはいけないのです。
But!確かに自分でもなぜ捨ててはいけないのかをすんなりとうまく人に説明することができないということに気付いた。
これを読んでくれている方には、もうすでに自分の中に確固たる基準やら考えがある人もいると思うけど、そうでない人も多いんじゃないかなと。
なぜポイ捨てをしないのか
一般的な意見としては、そういう風に教育されてきたから考えるまでもなくポイ捨てしないという考えが身についているとか、他人に迷惑がかかるから捨てない。
街が汚くなるから捨てない。
誰かが見ているから抑止力で捨てない。
神様が見ているから捨てない。
その行為は自分に返ってくるから捨てない。これはなんだか変な宗教のようか。
神様が見ていて自分にその行いが返ってくるなんてのはねぇ・・・。
それこそ、神様って誰?どんな行いがいつ返ってくるの?とかなぜなぜ質問のループになってしまう。
なんていろいろあると思う。
これらがいろんなパーセントで絡んでいるのでそれこそ人それぞれの理由でゴミのポイ捨てはしてないんだろう。
一方、ポイ捨てをする人は、何も考えていなくてただ単にゴミが邪魔だから捨てちゃう人もいれば、捨てない人の理由もすべてわかった上で、それでも捨てている人がいると思う。
あとは、ポイ捨てがカッコイイと勘違いしている人。
タバコに関していえば若い人よりも上の世代の方が多いかもしれない。
話が逸れてしまうけど、馬券場の馬券が外れたからって道に馬券を捨てまくるの、アレ、本当にやめたほうが良いよ。
あんなもん、なんか条例作って、捨てたら罰金1,000円とかにすればあっという間になくなるのにな。
そんでそのお金で清掃員を雇うこともできる。なんて思ってしまった。
さてさて、いろいろネットを見ていると、タバコのポイ捨てには拾ったタバコをそのままその人のカバンに入れてやったことがあるとか、行き過ぎた正義感を持っている人が書き込みをしていて、おぉ、間違った人には何をしてもよいというその考えが怖いわ。
と思う一方、その気持ちは自分も気を付けなければと反面教師で勉強になる。
翻って自分はなぜポイ捨てをしないのかを考えると。
そういう風に教育されてきたから。
誰かが見ているから。
なんかダサいから。
粋じゃないから。
なんとなく自分が見てるからってのが理由な気がする。
やはり、生き方において粋なのか、粋じゃないのかは重要だ。
粋ってのが何なのか?
ということになるとそれが粋じゃなくなってしまうんだろうけど・・・。
武士は食わねど高楊枝といったある種の「プライド」だったり、ちょっと調べていいなと思ったのは、「色気」と「こだわり」と「余裕」。
それがカッコよさに繋がっていて、自分の内外から見て、ポイ捨てしないことは粋であるから捨ててないんだと自己分析をした。
つまり神様が見ているからとか、地獄に落ちるとか、そういうなんだか宗教めいていたり、偽善的な考えではないんだと。
バチが当たるとか外側からの影響だけではないんだと。
極めて合理的に、自分自身の目と、他者の目も意識しながらそれがゴミを捨てないということが粋であるからということが腹落ちしているから捨ててない。
では子供にはなんと説明すればよいのか?
ある程度までの小さい子には、理由などなく問答無用でダメなものはダメ。
っと厳しく教育すればそれが常識になるので、まずはそれで良いと思う。
でもそれだけだと、そういう子供が大人になったときに理由に腹落ちしてないから、他人が違うことをしていると、強烈な正義感を背景に度を越えて人を傷つけるような素養を持ち合わせることになる。
なので、自分はそれに加えやはり粋じゃないから。
平たく言ってしまうと、それってダサいからやめようぜ。
そういうことをやっていると、自分自身がノッてこないし、さらには周りの人があなたをレベルの低い人間、自分と付き合うに値しない人間、嫌な人間だと思ってどんどん離れていってしまうし、信用を失う。
人間は残念ながら平等ではない。
その人が潜り抜けてきた修羅場や、培ってきた人間力・オーラによって、人間には明らかに格の違い・ランクが存在する。
そのため、人生を豊かに気持ちよく生きていくためには、素晴らしい人たちと出会い、付き合いができるように自分自身を磨いていく必要がある。
っといったような内容を親含めて周りの人間が言葉や空気感で伝えていく環境も大事だろうと思う。
家族でいる時に散歩をしていてゴミが落ちていたら、親が率先して拾う。
どんな行為、ふるまいが人間としての格を上げていくのかを自分自身がインフルエンサーとして子供に教育をしていく。
それが子供の友人にも広まっていき、良い世の中になってほしい。
これは仕事にも通ずる。
できる人は人に好かれるのがうまい。
どうしたら人に好かれるのかの積み重ねが一流のビジネスパーソンに繋がっている。
あとはテレビやネットの影響も強い。
一昔に比べてつまらない番組が増えたとは言われているけれど、少なくとも不良がカッコイイという青春ドラマは減ったのでそれは良いのかなと思う。
これからの時代はIoTが加速していくし、AIの発達によって仕事がどんどんなくなっていく。
肉体労働、単純作業は少ない人数で回せるようになるので何かに秀でていなければ本当に厳しい時代に突入していく。
スーパーのレジ打ちがなくなってしまうとか、タクシー・長距離運転手も職がなくなってしまうとか。
もうすでに居酒屋とかではタッチパネルで注文ができるので店員も少なくなっている。
同時通訳ができる翻訳機もできてしまうので、外国語ができるだけで重宝される時代もなくなる。
同じように、弁護士・税理士・会計士などの士業も人数は減っていく。
あと20年くらいは大丈夫かもしれないけど、その後の世界の競争は今とは比較にならないほど強烈になっている可能性がある。
僕らの子供の世代はその世界を生きていかなければならない。
年功序列、終身雇用なんてのは過去の話。
そのためには、やはり知識+人間力。
知識はもちろんだけど、それにプラスして、相手に好かれるにはどうしたら良いかと、何をしたら嫌われるのか・信用を失ってしまうのか。ということをバランス良く考えられ、実行できる人間である必要がある。
そのためにはまずはゴミを捨ててはいけない。
自分はそういうシンプルなことから伝えていきたい。